光源


失恋するとどうして人は海に向かって叫びたくなるのだろうか。否、失恋だけではなく、なんだか空しかったり憤ったりすると、人は皆この広い海に包み込まれたくなるのではないだろうか。嗚呼、海は素晴らしい。バイ

「おーい。浮気男への呪詛はそんくらいでいいのかー。もう帰ろうぜ。」
…、もっともそんな感慨にふけるわたしのちょ〜エモエモな気持ちを吹き消す男の声さえなければ、であるが。
「なあ〜、ほんとに寒くないか。もうその辺にしとこうぜ」
「うっるさいわよ、勝利!クソ童貞!」
 湯気を立てなくなったコンビニのコーヒーカップを片手に運転席から顔をのぞかせるのは、腹立たしい言葉たちの発信源。腐れ縁のお隣さん、その勝利がだいすきなギャルゲー風に言うと幼なじみ(はあと)の渋谷勝利である。
「なっ、おまえ大事な友人に向かってなんだその態度は!だいたいなぁ!人の家に来たと思ったら開口一番、海につれてけっていうからわざわざ連れてきたのにこの扱い~。オイオイ、しょーちゃん悲しいぞぉ!」
「あーもー!ありがとね!!でもさ、だって、ひどくない!?なあにが『ちゃんの気持ちに応えられるくらいちゃんを好きになれない』よ!!その答えを出すのに半年も必要なの?ばかなの?ちゃっかりやることやってんじゃないわよ!」
 本日何度目かわからない私が彼氏だと思っていた男への呪詛にうなづく。
「ほんとにな。最低だわ。だーけーどーさー、そんっなクソ男のために心優しきお前や、そんなお前の心優しくて優秀な幼なじみが風邪ひくのは馬鹿らしいことだろう?」
 クシュン、彼の言葉に応えるように私の身体が勝手にくしゃみをする。この男、空気のやめない非モテオタクであるが賢いのである。そしてその隣人である私も賢いのでその意見を採用することにする。そろそろ身体も冷えた、ほんとに風邪をひきそうだ。
「そうね。確かにそれは間違っているわ。勝利は賢い。認める。」
「そらドウモ。お前は馬鹿だし、男見る目はねえけど、素直だよ。俺もそこは認める。」
 さて、と彼はニヤリと笑い顔を助手席に戻った私に向ける。あまり似合わない悪ぶった顔だ。
「お前のくそみてえな男を忘れるために飛ばすか?どうするよ?」
 私も彼と同じようにニヤリとしながら返す。
「あらあ、なーに仰るの?未来の都知事サマの免許証に、そのお隣さんのくそみたいな男関係のせいで減点なんかさせられないわよ。…それに、もうここにきた目的は忘れちゃった。えーと、たしか、今日は海に向かって叫ぶと桶屋が儲かるから来たんだったけ?」
「ハハお前が風を起こすってか?まあでも、お隣さんが賢いお嬢様で助かるよ。…これで男を見る目もあると助かるんだけどな。」
「ひと言余計よ。さて、おいしいもの食べに行こう。おごります。」
「オーケー。仰せのままに。もちろん、安全運転で。」
静かにエンジンが回る。勝利越しにゆっくりと海の景色が流れる。いい雰囲気を壊すBGMはよく知らないアニメの歌だ。サイコーだなって心の中で笑ってから、私とこの心やさしき友人のために絶対に幸せになるって決めたのであった。